2014年5月20日火曜日

森の中49

(昨日のつづき)

暖かい風が吹いて、庭の木にとまっている鳥の声や、カチャカチャとお皿やカップを片付ける音が聞こえる。目の奥の少しの痛みは、じんわりと熱を帯びて、S子の瞼は自然に閉じてしまった。目を閉じたS子の耳にマキの声が聞こえてくる。
「あら、S子さん、寝ちゃったの?」
「眠ってないんだけど、泣き過ぎたせいか、目の奥が熱くて、目を開けてられないのよ」
「ちょっと、ゴメンなさいね」
とマキの手がS子の瞼をグッと開いた。開いた瞼の中には赤い目があった。S子は世界が真っ赤になっている事に驚き、思わずその手を振りほどいた。再び、瞼は閉じた。S子の目は内からも外からも赤くなっていた。
濃い赤のザクロ石。

(つづく)

2014年5月19日月曜日

森の中48

(5月15日のつづき)

メイン通りから細い路地を右へ左へと抜けて、緑の畑の中の小道を、老夫婦の後を歩きながら、S子の涙は流れつづけた。蔦で覆われた家の前に着いたときには、タオルはぐっしょり濡れていた。後から走って来たマキが三人に追いついた。ふうふうと息を切らしてた。おじいちゃんは裏庭の方に行った。おばあちゃんとマキとS子は玄関から家の中に入った。家の中に入ったら、おばあちゃんは台所へ、マキとS子は縁側に行って腰をおろした。マキは屋台で買って来た食べ物の包みを膝の上でほどいた。三角に切った野菜や肉を串に刺して焼いた料理と笹の葉で包んだ三角のおこわ飯が出てきた。おばあちゃんがミルクの入ったお茶をもってきて、マキの横に置いて、自分もその隣に座った。マキはS子にお茶を渡した。S子は泣きながら、お茶を受け取るとコクコクと飲んだ。何かのスパイスの味がした。S子の涙がピタッと止まった。
「あ、止まったわ」
「ああ、良かった。さ、これ、食べましょう」
そこに、おじいちゃんが何種類か果物を持って庭の方からきて、おばあちゃんの横に座った。四人は縁側に横並びに腰をおろし、庭を見ながら、いろいろ食べた。庭にはいろんな草花が好き勝手に生えていたが、調和が取れていて、爽やかで、美しかった。
S子は目の奥に少し痛みを感じていた。

(つづく)

2014年5月18日日曜日

かたちの発語

昨日、BankARTで かたちの発語 展 ー田中信太郎×岡﨑乾二郎×中原浩大 ー を見てきました。かたちの発語 というタイトルのとおり、それぞれの作品の形がハッキリとした意志を持って、とても大事な事を発していて、それが何なのかは、私にはうまく言葉にはできない ですが、こういうものが在るっていうことが、とても良かった、と思いました。
夜に林 道郎氏の司会で、田中信太郎×岡﨑乾二郎×中原浩大のトークショーがあって、お客さんいっぱい、100席、満席。内容は、 今回、展示をしている三人は、何かのカテゴリーで括れない仕事をしているという話から、80年代の日本の美術の移り変わり状況とか、岡﨑乾二郎さん家で飼っていた犬の名前がドナルド・ジャットだという楽しい話とかとかでした。
この展覧会は6月22日までやってます。おススメです。

2014年5月15日木曜日

森の中47

(昨日のつづき)

泣きじゃくるS子を、近くにいた広場の人たちが「なんだ、どうした」と気にしはじめた。
「まあ、とりあえず、家に来るかい? うちの家でならいくら泣いてもかまわないし」
と、おばあさんは小声でマキに言った。
「そうね、私の家だと子供たちが居るかも知れないし」
マキも小声で答えた。
「じゃあ、これ被りなさい」
とおばあさんはS子の頭にスカーフを被せてやった。マキも腰にぶら下げていたタオルをS子に渡した。
「私も直ぐに行くから、母さん、父さん、お願いね」
「ああ、大丈夫、ゆっくり先に行っとるよ。さあ、S子さん立てるかね」
おじいさんとおばあさんは、S子の両脇を抱えるようにして立たせた。そして、おばあさんがS子の耳元で何か言うと、S子はこくんと頷いて、おじいさんとおばあさんの後をシャックリをしながらついて行った。マキはそれを見送ると風呂敷を広げて細々したものを詰めはじめた。その様子を見ていたのか、広場の向いにいたサクとジュンが「よう、マキさん、手伝おう」と小走りにやってきた。
「ああ、ありがとう。ここは、もう何もやる事ないわ。夜はコウが魚を焼いて売るみたいよ」
「ああ、それは俺たちも手伝うんだ。な、なあ、あの女の人どうしたんだい?」
サクとジュンだけじゃなく、近くの人も少し心配そうにマキの方を見ている。マキは、何でもないわという風に、腰に手をやって首を回しながら言った。
「ああ、S子さん? 彼女ったら、シャックリが止まらなくてむせちゃったのよ。おじいちゃん家のお茶でそういうのに効くのがあるから、連れてってもらったのよ」
「なんだ、それだけかぁ」
「そう、それだけよ」
そう言うと、マキはふろしき包みとさっき屋台で買った食べ物の包みを持ち、ヒラヒラと二人に片手を振って「また、後でねぇ」と広場から出て行った。
後に残されたとサクとジュンはマキの背中を見送ると「うーん、まあいいか」と顔を合わせた。
そこに呑気なコウが「よう、ウナギとナマズが大漁だぞ」と両手に魚籠をぶら下げて帰って来た。

(つづく)

2014年5月14日水曜日

森の中46

(昨日のつづき)

「ちょっと落ち着くまで屋台の後ろの木箱に座ってなさいよ」
とマキはS子の手を引いた。S子はボンヤリと木箱に座りながら涙の細い糸を流れるままにしていた。S子は訳が分からなかった。三角の花のことも何も思い出せなかった。そのうちにスーと涙は止まった。S子は「ごめんなさいね」と屋台の表に戻った。パンの並んだ台は三角の花や葉っぱでキレイに飾り付けられていて、パンの香ばしい匂いが本当に美味しそうだった。S子のお腹がグウと鳴った。
「泣くとお腹空くわよね」
とマキがパンをひとつS子に渡した。
「ありがとう。なんだか、子供みたいで、イヤになるわ」
「懐かしくて泣くのって素敵なことじゃないの」
「そうかもしれないわね。あら、子供たちは?」
「ああ、お祭りだからね。そういう時って、子供は子供でいろいろあるのよ」
「ふうん、そうかもしれないわね」
「さて、私たちは、このパン全部売るのよぉ」
と言っているそばから、「まあ、いい香り。ねえ、このパンを3つ下さいな」と若い女の人が店先に立った。マキが女の人が持っているカゴにパンを3つ入れた。若い女の人は3枚の銅貨をマキに渡した。また直ぐに二人連れのおばさんがパンを5つ買い、銅貨を4枚マキに渡した。次にきたおじいさんはパンを2つ買って銀貨を1枚マキに渡した。その次にきた男の人はパンを8つ買って銅貨を5枚マキに渡した。どんどんお客さんが来て、どんどんパンが売れた。マキは言われるままにパンを渡して、差し出される硬貨を「ありがとう」と受け取った。その様子を手伝いながら見ていたS子は驚きながらマキに聞いた。
「ね、ねえ、マキさん、パンの値段って決まってないの?」
「ん?パンなんて食べる人が欲しいだけ持って行けば良いのよぉ。お金はお礼みたいなものじゃない。あ、でも、おじいちゃんとおばあちゃんの取っとかなくっちゃ」
マキはリンゴのパンとイチジクのパンとチーズのパンを2つずつ麻の袋に入れて笑った。S子はつられて笑った。その後もパンはどんどん売れて、あんなに沢山焼いたパンは昼過ぎにはひとつも残っていなかった。
「よし、全部売れたわっ。ああ、私たちもお腹空いたわね。私、そこらの屋台で何か買って来るから、S子さん、幟をたたんで休んでいてちょうだい」
マキはパンのお代が入ったカゴから、適当にお金をつかむと「直ぐ戻るわ」と広場の雑踏に紛れて行った。S子はパンがあっという間に売れたことが本当に嬉しく誇らしい気持ちがした。でも、沢山の人とやり取りをしたので、結構くたびれていた。幟を竿から外しながら、やれやれと大きく息をはいた。すると、後ろから「マキのパンはもうないのかな」とのんびりした声がした。
「ご、ごめんなさい、沢山あったのだけど、もうさっき売り切れちゃったんです」
とS子は振り向きながら答えた。そこにはとても年のいったおじいさんとおばあさんが立っていた。
「おや、それは残念だ。えーと、マキはどこへ行ったのかな?」
S子は「直ぐ戻ります」と言おうとしたが、またボワッと涙が溢れてきて、今度はざあざあと滝のように頬を流れだした。S子は吃逆をあげながらしゃがみ込んだ。「S子さーん、お待たせ」とマキが屋台に戻って来た。二人の老人がS子の背中をやさしく撫でている。
「おお、お帰り。パンはもう売り切れかね」
「あら、おじいちゃんにおばあちゃん、ええ、でも、二人のは取ってあるわ。それよりも、どうしたの? S子さん具合でも悪いの?」
「いや、わしらにも、よく分からんのじゃ」
マキは腰を落としてS子を覗き込んだ。S子は泣きじゃくりながら首を振った。

(つづく)

2014年5月13日火曜日

森の中45

(4月30日のつづき)

「お母さん、お花を貰って来たわ。おじいちゃんたち後でパン買いに来るって言ってった」
と息を切らしてチヨが言った。屋台に戻ると、エプロン姿のマキとS子も加わってパンを並べていた。二人が花をマキに渡すと横にいたS子が驚いた様子で赤い三角の花をマジマジと見つめている。
「ね、お母さん、すごくキレイな花でしょう。こんな三角の花なんて、私、始めて見たわ」
と言ったA子の言葉はS子の耳に届いてないみたい。ジッと花を見つめているS子の肩をマキがぽんぽんと叩いた。
「S子さん、どうしたの? この花が珍しい?」
マキにそう言われて、S子は我に帰ったように、ふうと息をはいた。
「ねえ、この花は何て言う名前なの?」
「え、名前は知らないわ。おじいちゃんに聞けば分かると思うけど、どうして?」
「この花を見るの始めてだと思うんだけと、何だか、とてもよく知ってるような気もするの。何だかとても懐かしい気がするの・・・」
「あら、そんなことよくあることだわ。きっと小さい頃に見た事があるのよ」
「うん、でも、やっぱり、きっと始めて見るわ。たぶん、私の勘違いだわ・・・」
と言いながら、S子の目に涙が溢れてきて、ツーツーと糸のように頬を伝って流れいる。
「S子母さん、どうしたの?」
「え、何が?」
「だって、涙が出てるわよ」
S子は顔を手で抑えた。
「やだ、なんで私泣いてるのかしら・・・」

(つづく)

2014年5月8日木曜日

「海・トンネル・猫」

一階部分がトンネルみたいになってるちょっと不思議なオシャレな家に住んでいる人から頼まれた絵がやっと描けたので、連休中に渡してきました。
その家にはペルシャ猫がいます。今いるのは2匹も入れて、これまでに7匹の猫と暮してきたそうです。ペルシャ猫はフワフワです。