2014年5月14日水曜日

森の中46

(昨日のつづき)

「ちょっと落ち着くまで屋台の後ろの木箱に座ってなさいよ」
とマキはS子の手を引いた。S子はボンヤリと木箱に座りながら涙の細い糸を流れるままにしていた。S子は訳が分からなかった。三角の花のことも何も思い出せなかった。そのうちにスーと涙は止まった。S子は「ごめんなさいね」と屋台の表に戻った。パンの並んだ台は三角の花や葉っぱでキレイに飾り付けられていて、パンの香ばしい匂いが本当に美味しそうだった。S子のお腹がグウと鳴った。
「泣くとお腹空くわよね」
とマキがパンをひとつS子に渡した。
「ありがとう。なんだか、子供みたいで、イヤになるわ」
「懐かしくて泣くのって素敵なことじゃないの」
「そうかもしれないわね。あら、子供たちは?」
「ああ、お祭りだからね。そういう時って、子供は子供でいろいろあるのよ」
「ふうん、そうかもしれないわね」
「さて、私たちは、このパン全部売るのよぉ」
と言っているそばから、「まあ、いい香り。ねえ、このパンを3つ下さいな」と若い女の人が店先に立った。マキが女の人が持っているカゴにパンを3つ入れた。若い女の人は3枚の銅貨をマキに渡した。また直ぐに二人連れのおばさんがパンを5つ買い、銅貨を4枚マキに渡した。次にきたおじいさんはパンを2つ買って銀貨を1枚マキに渡した。その次にきた男の人はパンを8つ買って銅貨を5枚マキに渡した。どんどんお客さんが来て、どんどんパンが売れた。マキは言われるままにパンを渡して、差し出される硬貨を「ありがとう」と受け取った。その様子を手伝いながら見ていたS子は驚きながらマキに聞いた。
「ね、ねえ、マキさん、パンの値段って決まってないの?」
「ん?パンなんて食べる人が欲しいだけ持って行けば良いのよぉ。お金はお礼みたいなものじゃない。あ、でも、おじいちゃんとおばあちゃんの取っとかなくっちゃ」
マキはリンゴのパンとイチジクのパンとチーズのパンを2つずつ麻の袋に入れて笑った。S子はつられて笑った。その後もパンはどんどん売れて、あんなに沢山焼いたパンは昼過ぎにはひとつも残っていなかった。
「よし、全部売れたわっ。ああ、私たちもお腹空いたわね。私、そこらの屋台で何か買って来るから、S子さん、幟をたたんで休んでいてちょうだい」
マキはパンのお代が入ったカゴから、適当にお金をつかむと「直ぐ戻るわ」と広場の雑踏に紛れて行った。S子はパンがあっという間に売れたことが本当に嬉しく誇らしい気持ちがした。でも、沢山の人とやり取りをしたので、結構くたびれていた。幟を竿から外しながら、やれやれと大きく息をはいた。すると、後ろから「マキのパンはもうないのかな」とのんびりした声がした。
「ご、ごめんなさい、沢山あったのだけど、もうさっき売り切れちゃったんです」
とS子は振り向きながら答えた。そこにはとても年のいったおじいさんとおばあさんが立っていた。
「おや、それは残念だ。えーと、マキはどこへ行ったのかな?」
S子は「直ぐ戻ります」と言おうとしたが、またボワッと涙が溢れてきて、今度はざあざあと滝のように頬を流れだした。S子は吃逆をあげながらしゃがみ込んだ。「S子さーん、お待たせ」とマキが屋台に戻って来た。二人の老人がS子の背中をやさしく撫でている。
「おお、お帰り。パンはもう売り切れかね」
「あら、おじいちゃんにおばあちゃん、ええ、でも、二人のは取ってあるわ。それよりも、どうしたの? S子さん具合でも悪いの?」
「いや、わしらにも、よく分からんのじゃ」
マキは腰を落としてS子を覗き込んだ。S子は泣きじゃくりながら首を振った。

(つづく)

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