2014年1月31日金曜日

森の中13

(昨日のつづき)

 村は森の西側にある。4匹の猿は、広い森の向う側の町からきた女が、男を捜し、川の水を飲み、透明になり、流れて行く様を見送った。その後で4匹はA子の残した服と靴を集め、それを持って森の家に戻った。戻って来た4匹の猿を、手伝い女が丁寧に家の中に招き入れ、A子の服と靴を「洗っておきますね」と受け取った。そして、天井から青い卵形の実がついた蔓が何本も垂れ下がっている部屋に連れて行った。そこは水の中にいるような涼しい部屋だった。その部屋にいる4匹の猿は、そのうち森の家の人とコウとサクとジュンになって、一つのテーブルを囲んで座っていた。手伝い女が生姜の香りがするお茶を出してくれた。お茶を飲みながら、森の人は見たもののあらましを話した。
「という訳で、森が女を飲み込んで流してしまったのだ。女は夜のうちにどこかで引っかかるだろうから、拾い上げてやって欲しいんだ。川をずっと流れて行ったから、船で行ってもらいたいんだが、いいかね」
「そりゃ、いいですよ。で、仕掛けはどうすればいいですか?」
「祭りで使うザクロ石でいいだろうよ」

 三人の男はカゴを黒いA子の前に置いた。白いカゴに入れたザクロ石は、三角に広がって、とても赤く、燃えているように見える。黒いA子は「ああ」と見とれて、カゴの中にすうと吸い込まれた。三人の男はそのカゴを船に戻した。
「カンのバカたれも、森の家に一緒に運ぶから、後で、そこの服持って来てくれ」
コウが川岸の杭に結んだ小舟の紐を解きながら言った。黒いA子がうずくまっていた後にカンの服と靴が落ちていた。チヨがペラリとした服を取って不安そうな顔でコウを見た。
「チヨ、大丈夫だ。トウの方がよっぽど分かってるぞ」
小さいトウは靴をしっかと握りしめて、もう土手の方へ歩き出していた。
「トウは小さいから、事がよう分からんのじゃ」
とチヨは少し膨れてみせ、直ぐに照れたようにニッと笑った。そのまま、チヨはコウの眼を確かめるようにじっと見て「うん」と軽く頷きいて、懸命に土手を上っている妹の後を追った。二人は土手の上に上ると船に向かってちょっと手を振ってから、チヨはトウを背中におぶると一目散に森に向かって走って行った。
「おう、おう、あの二人、すごい早さで走って行ったぞ。わしらも早く戻ろう」
「しかし、カンが仕掛けに引っかかるとはな」
「まったく、手間をかけよって」
小舟はすうと岸から離れると、影のように川を上がっていった。

(つづく)

2014年1月30日木曜日

森の中12

(昨日のつづき)

 三人は、もわっと甘い香りが充満した部屋に通された。天井から卵形の黄色い実がついた蔓が何本も垂れ下がっている。「ソファーに腰掛けて少し待っていてください」と手伝い女は出ていった。
むせ返るような甘い香りは三人の意識を朦朧とさせた。だんだんと眠りに落ちてしまいそうになる。しばらくして、奥のドアから、爺さんだか婆さんだか分からないくらい年をとった森の家の人があらわれた。三人は眠ってしまいそうになりながらも、森の家の人に訊ねた。
「こんばんは、今日はどんなご用件ですか・・・」
「やぁ、こんばんは。コウもサクもジュンも大きくなったね。もういい大人だねぇ、家族も居るんだろう。村の方は時間がどれほど・・・」
森の人の声を必死で聞こうとしたが、甘い匂いは強くなる一方で、とても意識を保ってはいられなかった。
 気がつくと、三人はソファーに腰掛けたまま、明るい森の中にいた。いつの間にあらわれたのだろう、目の前のシワくちゃの顔をした大猿がいる。大猿は三人の頭を子供にするように撫でると「では、行こうかね」と言った。三人は何か喋ろうとしたが「きぃきぃきぃ」という声が出ただけだった。三人もそれぞれ猿になっていた。ソファーも消えていた。4匹の猿は木の枝を器用に渡り、風のように森の奥に入っていった。

(つづく)

2014年1月29日水曜日

森の中11

(昨日のつづき)

 星の明かりでちらりちらりと光る夜の森の中を三人の男はすいすいと浮かぶように歩いていた。森の入口からしばらく歩くと三つに道が分かれている。その右側の道をもう少し歩くと森の家がある。森の中を迷いなく歩いてきた三人の眼の先に、白い饅頭を積み重ねたような森の家が闇の中でほわっと光っていた。
 三人は扉の小さなベルを鳴らした。ギギッと扉が開き、手伝い女が「良く来てくれました」と言った。その隙間から湿った涼しい風がふうと外に漏れた。女が「こちらへ」と迷路のような廊下を縫うように歩いて行く。三人はそのあとを逸れないようについて行った。森の家の内側には外から見た時には想像もできない大きな空間が広がっている。それは森と同じようだ。

(つづく)

2014年1月28日火曜日

森の中10

(昨日のつづき)
 
 昨日、空が赤く染まった頃に、赤ら顔の森の家の手伝い女が「今晩の日付が変わる時間に森の家に来るように」コウとサクとジュンのそれぞれに言いに来た。その夜、三人の男たちは連れ立って森の家に向かって歩いていた。ふうとあらわれた風が、道の両脇の草原を倒しながら、三人を追い越し通り過ぎていく。
 森がある限り村に災いは起らない。森の家は森を守るためにある。

(つづく)

2014年1月27日月曜日

森の中9

(金曜日のつづき)

「カゴも一杯になったし、カンとトウの様子でも見てくるわ」
「チヨ、もうザクロ石いっぱいになったのか、早いな」
「うん、また、夜に集会所で飾り付けるときに」
「おう、また、後でね」
チヨは濡れた手足を手拭で軽くふき草履を履くと、何だか変な胸騒ぎを覚えた。チヨは川で手を振る友達の方を振り返りもせずに、土手を駆け上がり足早にカンとトウを追いかけた。しばらく走るとトウが石のように固まって立っているのが見えた。
「トウ、どうした、カンはどこだ」
トウがこちらも見ずに固まったままだったので、
「トウ、大丈夫か」
チヨは、トウの肩をつかみ顔を寄せて、大きな声で言った。トウは目の前のチヨの顔をまじまじと見つめ、やっとチヨに気がついたように泣き出した。
「トウ、もう大丈夫だぞ、カンはどうしたんだ」
とチヨは泣きじゃくるトウに訊ねた。トウは泣きながら河原の方を指差した。チヨはその指差すところを見て、ぎょっとした。真っ黒い塊が小刻みに震えていた。
「トウ、あれ、なんだ。カンはどうした」
「・・・カンニー、あれにたべられた」
「食べられた?どういうことだ?」
「カンニーが、あれはひとだからたすけるっていった。でも、たべられた」
「カンがあれを人だって言ったのか」カンが言うなら、あれは人なのかも知れないと思った。でも、どうしたらいいか。チヨはトウの手を強く握りながら立っていた。
 すると、妙な歌声とともに川の下流の方から小舟が葦の原に近づいてきた。小舟には村の男が3人乗っていた。小舟に乗った男の一人が、土手に立つ二人に手を振ってきた。
「あ、おとうちゃんがいる」
トウが安心した声を出した。チヨはトウを脇に抱えると小舟に向かって一直線に走っていった。
「おとう、カンが、カンがっ」
小舟は葦の原の手前の川岸にゆっくりついた。父親は船から降りながら、のんびりとした調子で言った。
「チヨ、おめぇ、娘なんだから、ええかげん落ち着け」
「お、おとう、カンが、カンが、食われちまった、ひ、人かも知んねえ、く、黒いのに」」
「ばかたれ、ここらの人は人などを食いはせんぞ」
「おとうちゃん、あっこだ」
トウがチヨからずり落ちながら、黒いのを指差した。父親は頭をかきながら、
「ああ、あれか。あれは大丈夫だ。しかし、カンは、やっぱり、まだガキだな」
と言うと、他の男に何か耳打ちをした。チヨとトウは父親が何か分かっている風だったので、すっと安心しトンと地べたに座り込んだ。
「なんじゃ、チヨまで腰が抜けたのか、チヨもまだガキじゃの」
と笑いながら、一抱えもある白い蔓で編んだ三角のカゴを他の男たちと一緒に小舟から取り出した。
「そうじゃ、チヨ、お前、ザクロ石採ったろ、それ、この中入れろや」
チヨは、目の前に置かれたカゴの中にザラザラとザクロ石を入れた。白いカゴに入れたザクロ石は、三角に広がって、とても赤く、燃えているように見えた。
「さすが、コウさんの娘だけあって、良いザクロ石だ」
そう言った他の二人を見上げて「あ、隣のサクさんとジュンさんだったんだ」と思った。

(つづく)

2014年1月24日金曜日

森の中8

(昨日のつづき)

カンはトウの指差す方を見た。確かに、見た事のないような、でも、見た事のあるような、黒いものがある。
「なんじゃろう、近くに行かんと分からんな」
カンはそう言いながら、ふと、あれは人間じゃないだろうかと思った。近くに見に行かなくては、そして、助けなくてはと思った。急いで土手を駆け下りようとした時、トウがカンの袖を強くつかんで行かせまいとした。
「チヨネーがいってたよぉ、わからんものには、よってはなんねーって」
「んでも、あれ、人間かもしんねーと思うんだよ、じゃったら、助けねばいかんじゃろ」
「あんなまっくろのひとなどおらん」
「でもの、なんかそんな気がするんじゃよ、なぁ、トウはここで待っとれ、俺だけ行って様子見てくるから」
とトウの頭をポンポンとした。そして、トウが泣いて止めるのを振り払うと、土手を滑るように駆け降りていった。
「カンニー、カンニー、いっちゃいやだー」
「トウー、そこで待っとれー」
トウは土手の上で自分のズボンを強くつかんで堪えながら、じっとカンが黒いものに近寄っていくのを見ていた。
 カンは細く鋭い葦の原をかき分けて、黒いものに近寄りながら、あんまりに黒いな、人かと思ったが違うのか、河童か、ハンザキか、でも、なんだか人に見えるな、と思いながらそろそろとA子に近寄っていった。
「おい、黒いの、大丈夫か、あんた・・・」
カンがA子にそう声をかけた瞬間に、黒いA子はガバッと起き上がりカンにのしかかった。
 その様子を土手の上で見ていたトウには、カンが黒いものに食べられたように見えた。そして、そのまま黒いものは倒れ込み、また、葦の原の間で動かなくなった。
 
 葦の原で黒くなったA子は、黒いままで、お腹も減って、夜通し泣いて、朝方に気を失っていた。どれ位時間が経ったのだろう。気がついたときには日が高く上がって暖かい風が吹いて、雲雀が高く飛んでいた。でも、A子は黒いままでお腹も減っていた。フラフラとそこで意識があるのかないのか、夢か幻覚でも見ているような、もうどうしていいのか、苦しくて、疲れ果てていた。そこにパキパキと葦を踏んで足音が近寄ってくる。A子は本能的に食べようと立ち上がった。それと同時に「おい、黒いの、大丈夫か、あんた・・・」とカンが声をかけたのだ。A子はとっさに強く「ダメだ!これは食べてはダメだ!」と思ったが、黒い身体はカンにのしかかってしまっていた。
 
(つづく)

2014年1月23日木曜日

森の中7

(昨日のつづき)

「おーい、カーン、トー、こっちーこっちー」
チヨはカンとトウを呼んでいるのに、二人は土手の上でちょっと立ち止まったから気付いたはずなのに、トウなんてこっちに向いてたのに、クルッと回ってさ、こっちに来ないでさ。
「カンちゃんとトウちゃん、先に行っちゃったな。きっと、川の音で聞こえんかったかの」
チヨの不満そうな横顔を見て、隣にいた同級生のヤスが言った。
「ううん、あれは気づいちょった。カンのバカたれ」
「んじゃ、照れちょるんじゃよ。ここに居るのはカンちゃんより大きいもんな」
「でも、トウを連れとるんのにさぁ、まぁまぁ、ええよ」
「きっと、そんなに遠くには行かんよ。ザクロ石は川の浅いトコで取るし、水に入らんでも河原でも探せるしの」
「うん、まぁ、だから、ええんじゃよ」
チヨは心の中でもう一度「カンのバカたれ」と呟いた。でも、直ぐにザルを川につけてザクロ石を探し始めた。チヨたちはくるぶしより少し水かさがあるくらいの浅瀬でザクロ石を探していた。先週の大雨で上流から流されてきたのか、この日は赤いザクロ石が面白いように採れた。上からでも透き通った川の中でゆらゆらと光を跳ね返しているザクロ石がチラチラと見えた。
 カンとトウは、チヨたちのいる所から土手の道を下流に20分も歩いた葦の原の近くに来ていた。その辺りは村の子供らはあまり来る事がなかった。もっと村の近くで十分に遊べるのだから。カンも去年の春に父のうなぎ採りについてきた事が一度あるきりだった。トウは来た事がないからか、広い葦の原を見てビックリしたような顔をしている。「さぁ、ザクロ石いっぱい採るぞ」とカンがトウに言おうとした時に、
「カンニー、カンニー、アソコにくろいのがおるよ。くろいのがおるよぉ、なんだ、あれぇ」
と目を真ん丸に開いてトウが言う。カンの家の女たちは本当に目が良い。トウの指差す方には、黒になったA子が葦の原の隙間でたゆたっていた。

(つづく)

2014年1月22日水曜日

森の中6

(昨日のつづき)

 カンとトウが川の土手に着くと、河原には先に出かけた姉のチヨとその友達がザルを持ってキャーキャー水しぶきを立てながら、川砂利をさらっていた。チヨたちのグループは来春に上の学校に行くので、大人にはなっていないけど、子供というには大きいという感じだ。
「近頃のチヨネーは、大人の女みたいにスカートを履いたり、髪を結わえたりして、なんか変だ。トウが真似したがって困る」とカンは思っていた。それに、妙にくすぐったい声を出したりするんだ。ちょっと前のチヨは、ずっと細くて茶色くて、男の子なんかよりずっと走るのが早くって、それに目が抜群に良くって、どんな遠くの物だって、どんな小さいものだって、誰よりも早く見つけてはそれをカンに教えてくれた。そんな姉のが大人の女の人みたいになってだんだんと白くなっていくのが、カンにはどうにも納得がいかなかった。
 チヨが河原の方から土手を歩くカンとトウを見つけて大きな声で叫んだ。
「カーン、トー、こっちこーい」
相変わらず目は良いらしいとカンは思ったが、その声が聞こえないフリをして歩き続けようとした。でも、トウが立ち止まって困った様子で、側のカンと河原にいるチヨの方をキョトキョト見た。
「チヨネーが呼んどるよ、カンニー」
「トウは、チヨネーのトコ行きたいか? 行きたきゃ、行ってええぞ。・・・ええが、実は、俺は、昨日の晩に夢で、この先の葦の原のトコにザクロ石がいっぱい溜まってるのを見たんだ。でもな、これはチヨネーたちには秘密だぞ」
と、カンはトウの手を放そうとした。トウは放されまいとしてカンの手を両手つかんだ。トウはその拍子にクルッと回る格好になったが、嬉しそうに笑った。小さなトウはひみつという言葉が気に入ったらしい。


(つづく)

2014年1月21日火曜日

森の中5


(昨日のつづき)
 
 兄のカンと妹のトウは川に続く小道を歩いていた。
「次の満月は、何のお祭りか知ってる?」
と、カンはゆっくりとトウに聞いた。トウは嬉しそうに小さい手で三角形を作った。
「うん、そうだよ、三角のお祭りだよ。だから、三角のカゴがいっぱいいるんだよ」
「さんかくぅかごぉさんかくぅさんかくぅ」
三角のカゴの真ん中には赤いザクロ石を飾る。ザクロ石は川の砂利に沢山混じっているけど、大きくて赤く透き通ったものは少ない。カンはピョコピョコとはしゃぐ妹の手を引きながら「10個は見つけたいなぁ」と思っていた。

(つづく)

2014年1月20日月曜日

森の中4

(一昨日のつづき)


 ちちちっちちちちっちちちちちちちちちっと音がする。葦の草むらに数匹のカネタタキがいるらしい。黒になったA子は、しばらく葦の根元でジッと様子をうかがっていた。透明の川の水になってずいぶん流れていたから森の中を抜けてしまったようだ。
 A子は夜空を見上げて森に戻る方法を考えようとした。でも、それよりも何よりもお腹が空いて仕方がなかった。なので、とりあえず、目の前の葦の茎を噛んでみた。噛み取ると青く苦い。齧られた葦はふぁさっと水面に倒れこんだ。その葦についていたカネタタキが水の上に落ちてクリクリ回っている。A子はカネタタキも食べてみた。口の中でプチッと潰れて、茶色い味がした。A子はそこらにある物を手当たり次第に食べていった。水草、水苔、流木、タガメ、タニシ、メダカ、ザリガニ、カエル、さらに、石、空き缶、靴、ビニールなどなど、本当に手当たり次第。それぞれが赤やら緑やら紫やらビニールやらの味がした。A子はいろいろ食べたけど、黒なので黒いままだった。何を食べてみても、黒いまま、お腹は空いたままだった。A子はとても悲しくなった。目から涙が溢れて止まらなかった。夜空では満天の星が「赤いサソリの歌」を歌っていた。

(つづく)

2014年1月18日土曜日

森の中3

(昨日のつづき)

 A子は浮きも沈みもせずにとーとーと流れていた。光の粒が通り抜けるのはこそばゆいけど、嫌じゃない。時々、岩に当たるのもしぶきが舞うけど痛いわけじゃない。でも、魚がヌルっと入ってくるのは、もうちょっと遠慮してくれないものかと思った。A子は透明な川の水になったけどA子という意識は割とハッキリしていた。ただただ、とーとーと流れ続けていると、うとうとと眠って夢を見ている様で、実態がつかめない。景色は色彩だなと思う感じに似ているかも。どれだけ時間がたったのか、空から幕が降りてきて、白から青、青から黄色、橙、ピンク、紫、紺、とうとう闇になる。A子も一緒に闇になり、そして、闇からだんだん黒になって、闇から切り取られてしまった。黒になったA子は、すすすうと川岸の葦の原の方に泳いでいった。

(つづく)

2014年1月17日金曜日

森の中2

(昨日のつづき)

 A子は川の音に引き寄せられるように、森の中をとーとーと歩いていく。とーとーとーとーとーとー、パキッ、と小枝が足元で折れる音がした。気がついたようにA子は目を細めた。いつの間にか森の淵にきていた。森の淵は緩やかな下り坂になっていた。その先には透明な川が流れている。その川を見たとたん喉がゴクリと動いた。A子はそれまで感じたことの無い渇きを覚えた。吸い込まれるように川に下り、そのまま川の中にザブザブと入った。川の真ん中辺りで胸の位置まで水がきた。A子は顔をザバリとつけてゴクゴクと水を飲み始めた。ごくごくごくごくごくごくごくごく、身体の水分は川の水になっていった。そのうち、A子は透明な川の水となって流れていった。

(つづく)

2014年1月16日木曜日

森の中


 森の中は他とは時間の流れ方が違うのか周りの世界からは見えない。森の木々は、幹を太くし、枝を伸ばし、葉を生い茂らせている。根もトコロ狭しと張り巡り地面を持ち上げて凸凹に波打たせている。凸凹の地面はいろんな種類の苔で覆われ、黄緑色に発光しているようだ。中空は均等な薄い光と瑞々しい冷えた空気で満ちている。辺りはしーんと静まりかえっていて、ときどき聞こえる甲高い鳥の鳴き声や随分離れている筈の国道を通るトラックの排気音は、別世界からの呼び声のようだ。
 こんな場所で生きているかどうかも分からない男を探す。なんて馬鹿げているんだ。そうは思っても、探さない訳にはいかない。絶対に、見つけれる訳などないのに。なぜ、ここに探しに行くように言われたのかもよく分からない。あんな占い師の言葉にになんの根拠があると言うのだ。占い師の言葉を信じた母に森に行くように説得され、今、森に居る自分を思うとA子はスッと冷めた気持ちがした。ため息をつきながら、結局、男を探しているのかどうかよく分からないまま、足元の根につまずかないように森の中をゆっくりと歩いている。何処かから途切れ途切れにザァザァというノイズのような音が聞こえる。そのまましばらく進むとザァザァという音は切れ目がなく続くようになった。どうやら近くに川が流れているらしい。

(つづく)

2014年1月15日水曜日

サイカチ


 北からのヒンヤリした風が吹く林沿いの道に、曲がりくねった豆のサヤが落ちていた。
「これはサイカチのサヤじゃないかしら?」
と、S子はそのサヤを拾い上げ、辺りの木々を見上げる。(サイカチ(カワラフジノキ)豆科の落葉高木。幹や枝にはするどい刺の塊がいっぱい付いている)
でも、そんなトゲトゲの木は近くには1本も見当たらず、葉や豆も落ちてしまっているのでどうにも分からない。S子はサヤをコートのポケットにしまい、なんとなく腑に落ちないまま歩き始める。しばらく歩くと、こじんまりとした古い稲荷神社があった。S子はポケットのサヤをつかんで、神社の方へ細い石段を上る。鳥居をくぐると左に小さい屋根のある手水場があった。切った竹の先から澄んだ水がちょろろとねじれながら出ていて、石鉢に溜まった水を揺らしている。
「では、失礼して」
左手で柄杓を取ると水を汲み、右手に持った豆のサヤに水をかける。水は思っていたよりもずっと温かくて、冷えた指先に血が戻ったようだった。
「泡立つかしら」
とサヤを揉んでみると、サヤは手の中でクスクスと笑い声のような音をたてながら泡立った。音につられてモミュモミュと揉み続けていたらキメ細かい泡の卵のようになった。(サイカチのサヤにはサポニンが含まれているので、水をかけて揉むと泡立つ)
「やっぱり、サイカチだった」
すっと柄杓で水を汲み、泡の卵に流しかけた。水を浴びるとヒラリと衣をぬぐように泡がめくれた。S子の手には濡れた赤茶色のサヤが残った。あっ、そのサヤはぶるっと身震いをひとつしパキッと音をたてて2つに開いた。そして、その中には三角の耳と白くてフワフワした尻尾のある顔の尖った小さいものが丸まって7つ入っていた。
「・・・キツネ?」
そう、割れたサヤの中の丸い凹みには、豆じゃなくて、小さい白い狐が並んで7匹収まっていた。
小さい白い狐たちはひょいと首を上げて、ちょっとキョロキョロと辺りを見回し、最後にチラッとS子を見ると、ポポポポと豆が弾けるように跳ね飛んで、神社の参道をぴょんぴょんぴょん、賽銭箱もぴょんと飛び越えて社の扉の隙間から中に入っていった。
「なんだ、サイカチじゃなかったのかぁ」
S子は少しガッカリしたが、手に残ったサヤを社のふちに置き、賽銭箱に5円投げ入れ、鈴を鳴らし手を合わせた。お願いごとはしないでおいた。

2014年1月14日火曜日

2014

新年明けましておめでとうございます。

今年は、出来ると良いなと思い続けているタッチタイピングの練習をしようと思っています。
なので、ここで「なんだか奇妙な夢ような話」を書いていこうと思う。
でも、練習がてらなので、始めの方は短めになるだろう。