2014年4月30日水曜日

森の中44

(昨日のつづき)

 それから、コウと子供たちでパンを広場の屋台に運んだ。たくさんの屋台が祭りの準備をしていて賑やかだ。「さあ、俺たちの屋台はあそこだぞ」とコウが指差した。パンを並べる竹で組んだ台があって〈マキのパン〉とパッチワークで作った幟が立っていた。広場の辺りや、そこに続く村のメイン通りは花やリボンで華やかに飾り付けられていた。広場の真ん中には竹で作った大きな三角の塔が立っていた。それを囲むように三面の舞台があって、楽器を準備している人たちが試しに音を出したりしていたし、派手なストライプの衣装のピエロとロバが赤い玉でお手玉の練習をしたりしていた。その様子を見てA子はウキウキしてきた。
「チヨちゃん、今日は本当にお祭りみたいね」
「そうよ、今日は本当にお祭りなのよ。お昼になったら、いろんな出し物もあるし、夕方にはダンスもあるわ」
と、やっぱりチヨもウキウキしている様子だ。
「あ、お父さん、待って。ダメよ、そのままパンを並べちゃあ」
と、チヨは持っていた袋から大きな黄緑色の布を広げた。
「なあ、どうせなら赤い布の方がいいんじゃないのか?」
「もう、父さん、分かってないなぁ。ここに赤い花や赤い葉っぱを飾るのよ。ちょっと、おじいちゃん家に貰いに行って来るわ」
「ふうん、そういうものか」
「もう、じゃ、直ぐ戻るから。行こう、A子ちゃん」
チヨはA子の手を取って広場を駆け出して行った。
「A子ちゃん、こっちよ」
チヨたちはメイン通りから細い路地を右へ左へと抜けて、畑の広がる場所に出た。
「この先に、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでるの。ほら、あの家よ」
チヨとA子は畑の先の尖った屋根の家に向った。その家はツタで全部覆われていて家の形をした森みたい。
「ふふ、すごいでしょ。村の人は魔女の家なんていうのよ。でも、おじいちゃんも住んでるのに変よね」
家の前に着くとシワシワの背の低いおばあちゃんが玄関の前に水を撒いていた。
「おや、チヨ、おはようさん。そちらの子はお友達かい?」
「おばあちゃん、おはよう。うん、A子ちゃんっていうのよ。この村に引っ越してきたところよ」
「ほう、そうかい。頭の良さそうな子だ。で、チヨは花を取りに来たんだね。裏でおじいさんが摘んでるよ」
チヨとA子は裏庭のほうに回った。裏庭にはシワシワの背の高いおじいちゃんがいて、
「ほら、チヨの欲しいのは、これだろう」
と三角の赤い花と三角の赤い葉のついた枝を束ねたものを差し出した。
「さすが、おじいちゃん。私の考えてる事がよく分かるのねぇ。おとうさんなんか、ちっとも分からないのよ」
「ははは、そういうものじゃよ。コウだって、お前に子供が出来れば、孫の考えてる事ぐらい分かるようになるさ」
「ふふ、ホントかしら。そうは見えないわ、ね、A子ちゃん」
そう言いながら、三角の赤い花と三角の赤い葉のついた枝の束を受け取ると半分A子に持たせた。
「キレイだね。こんな花見た事ないわ」
「そうでしょう。おじいちゃんは植物を育てる天才なの」
「さあさあ、チヨにA子ちゃん、お前たち急いでるんだろう」
「うん、ありがとう。おじいちゃんたちも後でお祭り来るでしょう? 広場で母さんがパンの屋台を出してるわ」
「ほう、今年はパン屋か。それは楽しみだ。あとで買いに行くから美味しそうなのを見つくろっておいてくれ」
「うん。じゃあ、後でね。よし、広場に戻ろう、A子ちゃん」
と、またチヨはA子の手を取って駆け出した。

(つづく)

2014年4月29日火曜日

森の中43

(昨日のつづき)

 チヨが、じっと手を見ているトウに「早く着替えなよ」と言った。「うん」とトウは頷いて、自分の箪笥にの引き出しをあけてゴソゴソと奥の方から、橙色のタオル地の服を取り出して着はじめた。そのタオル地の服は、川や湖で泳いだあと、まだ濡れた身体を上手く拭けないトウのために、マキさんがバスタオルを改造して作ったワンピースだ。チヨはモソモソとその服に袖を通しているトウを見て、
「トウ、その服は泳いだ後に着る服でしょう? 今日はお祭りだから赤い模様の服を着るんじゃないの?」
と言った。「うん?」とトウはタオル地の服を半分着た格好で止まってしまった。そのまんまトウはごにょごにょと口の中で何か考えていたが「そうか、おまつり」と頷くと、着かけてた服をしまって、赤い花の模様のワンピースを着た。チヨもトウとお揃いの赤い花柄のワンピースを着ていた。カンは赤い鳥の描いたシャツを着ていた。A子は生成りのワンピースを着てちょっときまり悪そうにうつむいた。それに気付いたチヨは机の引き出しから赤いビーズの首飾りを出して、A子の首に掛けた。A子は嬉しそうに「ありがとう」と言った。「準備OK、さあ、朝ご飯食べよう」とチヨたちはトウの手を引きながら子供部屋を出た。
 居間の机の上には、パン屋さんでもするのかしら?と思うくらい沢山のパンが並べて乗せられていた。子供らがビックリしていると、「さあ、好きなだけ食べていいわよぅ。まだまだ、焼いてるんだから」とマキさんがお盆に温めたミルクを持って来てくれた。その後ろから、大きな平べったいカゴにパンを一杯並べたS子がつづいてきて「ほら、焼きたて食べなさい」と皆のお皿にパンを2個づつ置いた。子供たちは夢中でパンを食べた。
「ふう、お腹いっぱい。母さん、今年はパン屋をするのね。このパン、ぜったい売れるわ。すっごい美味しいもの」
とチヨが一息ついてるマキに言った。
「そうだと、いいんだけどね。売れなきゃ、あんたたち一週間くらいパンばっかり食べる事になるわよぉ」
とマキさんは笑った。
「パンばっかりでもいいよ」
とトウが言った。チヨもカンもA子も頷いた。
「ふふふ、あんたたちが良くても母さんがイヤだわ。ねぇ、S子さん」
と、マキさんはS子に同意を求めて振り向いた。
「あら、私も、このパンなら、パンでも大丈夫よ。でも、きっと売れちゃうわ」
A子がやっぱりパン屋さんをするんだと思っていたら、コウが「パン出来たかぁ。屋台の準備できたぞ」と居間に入って来て、パンをひとつ口にくわえた。その様子を見てチヨが笑いながら「ねぇ、かあさん、売る前におとうが全部食べちゃうんじゃない」と言った。

(つづく)

2014年4月28日月曜日

森の中42

(4月24日のつづき)

 A子とカンは、二度目の帰り道、銀色に揺らめく月に照らされながら無事に家に辿り着いた。今度はちゃんと皆の『お帰りなさい』という声に迎えられた。二人はヘトヘトで目も開けていられないほど疲れていたが、同時に夜食のうどんの出汁の匂いにお腹が痛むほど空腹でもあった。二人は皆が見守る中、温かいうどんを眠りそうになりながらも平らげると『ごちそうさますみなさい』とフラフラと立ち上がり、フワフワと子供の寝室に歩いて行った。やっと帰って来た二人が、黙々とうどんを食べている様子を半ば呆れ半分で眺めていた家族は、二人が居間を出ていく背中を見ながら大いに笑った。そして、自分たちもそれぞれ眠る事にした。
 A子は眠ってからも、夢の中で、森の中を、口からコポコポと光る水の泡を吐きながら歩いていた。
そのせいで、明け方頃には子供たちは全員ぐっしょりと水に濡れていた。部屋の床にも3センチくらいゆるゆると水が浸っていた。でも、マキさんが「朝ご飯だから起きなさい」とドアをノックして、A子が眼を覚ますと、水はスッと床に吸い込まれた。濡れていた子供たちの服もほとんど乾いた。ただ、袖口やズボンのゴムの部分が少ししっとりして、身体もヒンヤリとして手のひらもふやけていた。でも、大きい子供たちは『寝ているときにたくさん汗をかいたのかな』くらいにしか思わなかった。水浸しにした張本人のA子も着替えながら、なんだか申し訳ないようなおかしな気持ちがしたけど、夢の事だから忘れてしまっていた。ただ、トウはパジャマのままで、ふやけた手の平を不思議そうにじっと見た。

(つづく)

2014年4月24日木曜日

森の中41

(4月10日のつづき)

犬を見ながら、A子とカンは言葉を失って立ち尽くしている。二匹の犬はヒョイと見上げると立ち上がり、森の方へ歩き出した。二人は顔を見合わせて頷き、犬の後を追って森の中に入って行った。二匹の犬は森の中をトットットと進んで行く。トットットットットットと随分と長い時間、森の中を歩き続けている。ざぁざぁと川の音が聞こえて、二人は喉が乾いたなと思った。すると、二匹の犬は木を縫いながら緩やかな坂を下って川の縁に降りて行った。二人も懸命に後をついて川の縁に降りた。犬は川の水をゴクゴクと飲んでいる。川の水は白く濁って底ででチカチカと川底の石が光っている。二人も犬の横で四つん這いになって、ゴクゴクと川の水を飲んだ。川の水は甘いミルクの味がした。ごくごくごくごく、二匹の犬と二人は『ぷはぁ』と川の水を飲み終えて満足げに首をまわした。一息つくと二匹の犬は立ち上がり小さく「わん」と吠えて、また森の中へ戻って行く。二人もその後をついて歩いて行く。
 そして、森の中をほんのちょっとトットットと歩いたら、不意に森から抜けて森の家の人の庭に戻って来た。A子とカンは森の中をどう歩いたのか分からないけど、行きと帰りの時間が違い過ぎて狐につままれたように呆然と庭の端で立ち止まった。犬たちは焚き火の側まで行くと『わん』と吠えてもとのように座った。
 森の家の人が「白や黒や、どうかしたのかい?」と家の中から出てきた。森の家の人は庭の端に立っているA子とカンを見ると、少し驚いたように、
「おや? 二人とも帰ったんじゃなかったのかい? 何か忘れ物でもしたのかい?」
と言ってから、「あっ」と何かに気付いたように犬たちの方をチラッと見た。犬たちは知らん顔して焚き火の側に座っている。A子とカンは、森の家の人に小走りで近づいて来て、
「あ、あの、僕たち、ちゃんと帰って来てますか?」
と不安そうに森の家の人に訊ねた。
「ああ、今度はちゃんと帰って来てるよ。ほら、二人とも、もう遅いから早く家にお帰り」
森の家の人はニッコリと笑って二人に頷いた。二人は安心したように森の家の人に頭を下げると「じゃあ、おやすみなさい」と庭を出て行った。
森の家の人は、二人の去る背中を見送りながら「ははは、あの二人は本当に森に好かれているんだなぁ」と二匹の犬の背中を撫でてながら呟いた。

(つづく)

2014年4月18日金曜日

2014年4月10日木曜日

森の中40

(昨日のつづき)

「あ、まだ、明かりがついてるね」
「ホントだ、皆、まだ起きてるみたいだ」
家の中から笑い声と歌が聞こえて来る。
「なんだか、とっても賑やかみたい。まだ、チヨちゃん起きてるのかな」
「たぶん、トウ以外はきっと起きてるよ」
と言いながら、玄関のドアを「ただいま」と開けたら、家の中が真っ暗だ。
「え? ね、ねえ、今、さっき、明かりついてたよね、声、聞こえたよね・・・」
「う、うん。何か様子が変だ。とりあえず、台所に行ってみよう・・・」
二人は何だか小声でそろそろと話した。台所に行っても誰もいない。
「マキおばさんも居ないね・・・」
「・・・どうしたんだろ。あ、庭の方が明るい、きっと、皆、庭に居るんだよ」
二人は、勝手口から庭に出た。扉の外はカンの家の庭じゃなくて、森の家の人の庭だった。庭の真ん中で三角の炭がパチパチと爆ぜている。側に白い犬と黒い犬が座っている。
「・・・犬がいる。・・・ねえ、もしかしたら、僕たち、帰れてないのかもしれない」
「えっ?」
風がさあっと吹いて、森の木々がざざざざおうおうと鳴った。二匹の犬はそれに答えるように『わおーん』と吠えた。

(つづく)


2014年4月9日水曜日

森の中39

(昨日のつづき)

 A子は深い湖の底に沈んでコポリコポリと泡を吐いている。泡はクルクルと螺旋を描きながら水面に上がって行く。湖の底は白い柔らかい砂だ。水も暖かい。A子は水の動きに合わせてフワッと浮かんだり流されたりする。A子はゆらゆらと光が揺れている水面を見ていた。湖の天井は光の網の目ようだ。すると、ザブンとその網を破って何かが飛び込んで来た。それは一直線にA子に向って来る。白い犬だ。白い犬はA子の右手の袖を加えると上へ上へと泳いでA子を引き上げて行く。A子は右手を軸にクルクル回る。白い犬はA子を岸に引っ張り上げて、ぶるぶるっと身体についた水をはじき飛ばした。それから「わん」と吠えて、森の方へ歩き出した。「待ってよ」とA子も犬の後をついて歩いていく。

「・・・・ねえ・・ねえ、どうしたの?」
とカンがA子の顔を正面から覗いた。A子はハッとして、カンの顔をじっと見た。カンと二人で家に帰る道を歩いている。月明かりの下をざあざあと夜風が渡る。
「こぽっ、なんか、今ね、森の中の湖でね、こぽっ、白い犬がまた、こぽっ・・・、ううん、何でもないわ。きっといろいろあって疲れて寝ぼけたみたい」

(つづく)

2014年4月8日火曜日

森の中38

(3月29日のつづき)

 森の家の人がパチンと右肩のとこで指を鳴らした。肩の上で三角の印になっていた白い粉はふわっと空中に舞い、焚き火の熱ですっと蒸発した。
「ああ、焚き火がすっかり小さくなってる」とA子は呟いた。目を薄く開けて頭を半分ほど上げた。身体が随分と温もっている。まだ半分眠っているようだ。「ああ、右手が暑いな」と手袋を外す。パサッと手袋が地面に落ちた。手袋の紐の先を目でたどって行くとの左の手があった。「あっ」とA子は顔を上げてカンを見た。カンが微笑んでいる。
「おかえり、遅かったね。皆は先に帰っちゃったよ」
焚き火の側に居るのは、A子とカン、それと森の家の人だけだった。
「さあ、僕たちも帰ろう」
「う、うん。あの、待ってってくれてありがとう」
カンは照れくさそうに笑いながら、片手を着いてヨッと立ち上がった。A子もよいっしょと立ち上がってお尻についた砂を払った。二人は森の家の人に「それじゃ、おやすみなさい」と挨拶をして帰って行った。森の家の人も「ああ、おやすみ、また明日」と二人に手を振った。二人が帰った後、森の家の人は炭スコップでカツカツと焚き火を崩しながら、残りのまだ赤い炭で三角の形を作った。それは出来たての星のようにときどきパチパチと爆ぜた。

(つづく)