2014年6月19日木曜日

森の中50

(5月20日のつづき)

S子は裏庭の温室に連れて行かれた。おじいさんは、S子を温室の隅に置いてある藤で編んだロッキングチェアーに座らせ「眠るといいよ」と言った。それから、おじいさんは温室から赤い花を全部運び出し、黄色の花と青い花をS子の回りに並べた。おばあさんは、緑のタオルケットを持ってきてS子に掛けた。マキはS子が良い夢を見るように願いながら、温室の扉をパタンと閉めた。
 S子は身体の重みで、夢にぐんぐん沈んでいった。とても深い内側の闇へ。底まで降りて、S子は夢の中の深い闇に独りで立っていた。赤い目はどんな闇の中にいてもよく見えた。赤外線カメラよりずっと。でも、昼間のように見える訳じゃない。闇の中には闇の中の世界があるからだ。とても静かだ。辺りはずうと平に広がっていて地面には冷たい水が踝くらいの高さで流れていた。時折、細長い魚が足元をすり抜けるのが見える。遠くに赤く点滅している光が見える。S子はその光の方に向って歩き出した。
 外の世界では、太陽が森の向うに傾いて、夕刻に近づいていた。広場の方では煙だけの打ち上げ花火がボンボンと祭りの始まりを告げるために上がっている。温室のドアがカチャと小さい音を立てて開いた。森の家の人と何人かの2人の男の人がS子の座っているロッキングチェアーをゆっくりと持ち上げて、外に運び出した。庭にはその様子を見ながら、マキが心配そうに胸の前で固く手を握り合わせていた。森の家の人が「大丈夫だよ」と頷くとS子をそのまま広場の方に運んでいった。
 S子は夢の闇の中で歩いきつづけている。S子の前をいつの間にかいつものように白い犬と黒い犬が導くように歩いている。

(つづく)
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 今年から、実家の岡田染工場で染めてる法被の縫製の仕事をすることになり、いろいろと準備やら練習やらでバタバタとしてました。なかなか文章を書く余裕がありませんでした。この先も夏の間は縫製の仕事がきっと忙しいので、前程、頻繁に更新できないと思いますが、ボチボチと書き繋いで行くつもりです。
 

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