2014年3月28日金曜日

森の中36

(昨日のつづき)
 
 ポケットから鍵を出して、右に回す、回らない。反対に回すとカチッと鍵が閉まる音がした。「あれ?開いてたんだわ。S子母さん帰ってるのかしら?」もう一度、鍵を右に回した。「ただいま」と言いながら、洗面所に行き、手を洗う。「A子、A子なの?」とリビングから大きな声が聞こえて来た。A子はリビングの方へ行くと、S子が台所の調味料をテーブルの上の奇妙な三角のカゴにカチャカチャと詰めていた。
「あんた、遅かったわね。あら、あんたはカゴどうしたの?」
「・・・カゴ? あ、ああ、カゴなら、湖に沈んでいったわ・・・」
「あら、そうなの。じゃあ、あんたも持っていくものがあったら、そこカゴに一緒にいれなさいね。えーと、あと、ねえ、あと絶対いるものってなにかしら?」
「・・・、え、ああ、えーと・・・?」
「あ、そうそう、えーと、転校の手続きは向うでできるらしいし、後は、塾とかピアノとかなんかも、ま、電話すればいいでしょ。それから、あとは、っと、えーっと」
「・・・? 引っ越しって、どこへ?」
 ピンポーンとチャイムが鳴った。
「ああ、もうリサイクル屋が来ちゃったわ。はいはーい」
とS子は玄関に向う。A子は呆然とその場に立ち尽くした。A子の目の前では、鼠色のツナギを着たリサイクル屋の作業員が3人テキパキと立ち働いていて、ソファーもテレビも食器棚も服も、なでもかんでも手当たり次第みんな持っていこうとしている。
「奥さん、このカゴもですか?」
「あ、そのカゴは違うの。それは違うわ。それ以外は全部持って行ってちょうだい。ホントに助かるわ、こんなに直ぐに来てくれるなんて思ってもみなかったわ」
「まあ、うちはこれでも迅速がモットーでやらしてもらってますから。でも、ホントに急ですね。いや、理由はお伺いいたしませんよ。うちはそれも主義でして。でも、奥さん、その日に来てくれって言われたのは始めてですよ。今日はたまたま一つキャンセルがあったんでね。へへへ」
A子の部屋からもどんどん荷物が運び出されている。

(つづく)

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