2014年3月26日水曜日

森の中34

(3月19日のつづき)

 見た事のない駅のホームで電車を待っている。線路の直ぐ前が大きな湖になっている。湖の遊覧観光船が駅に近寄って来た。「ブオー、ブオー」と辺りを振るわせる大きな汽笛が鳴る。私の立っている目の前に船が来た。近くで見ると外国にでも行けそうな立派な船だった。船の横腹の窓が開いて、縄梯子が降ろされた。見ていると灰色の鼠がそれを伝ってゾロゾロと降りて来る。降りて来た鼠たちは四方八方に散っていった。そのうちに鼠が一匹も居なくなって、鼠の降りた縄梯子を、年をとった男の人が窓の中へ引き上げていた。私は、その男の人に向かって叫んだ。
「おじさん、その船はドコへいくの? ねえ、湖の来たの方へ行くのなら、乗せてくれないかしら? ずっと待っているのに電車がちっとも来ないのよ」
男は、ゆっくりとこちらを見て言った。
「この船はもう沈むんだよ。だから、今、鼠を逃がしてやったんだ。沈んでもいいなら乗せてやるよ」
「いやだわ、沈むんだったら乗らないわ」
「そうかい、じゃあ、さようなら」
「さようなら」
男は、手を振って、窓をパタリと閉めた。船はゴゴゴゴゴゴとエンジンを回して、湖の岸からどんどんどんどん離れて、米粒ほどの大きさになるまで離れていった。その遠くの船の煙突からプシューと噴水が高く吹き上がり空に虹を作った。「クジラみたいだわ。・・・ホントに沈むのかしら」とじっと目を凝らして船を見ていると、音もなくホームに電車が入って来て、私の視界を遮った。「プシュー」と目の前のドアが開いた。やっと来た電車に乗り込むと、その車内には白い犬が乗っていた。「ワンワン」と吠えて、私を呼びながら、前の車両の方へ歩いていく。白い犬の後をついて、次の車両に入ったら、大きな木の根にけつまづいた。森の中にいた。相変わらず、白い犬が目の前を歩いていく。

(つづく)

0 件のコメント:

コメントを投稿