2014年3月19日水曜日

森の中33

(昨日のつづき)

 見た事のある家の中にいた。濃い茶色をした古い板の間は鈍く光っている。板の間の先には一段下がった細い台所があって、昔は土間だったんだろうなと思う。その右手の奥にお風呂があるけど、近くの銭湯に行く習慣があるので、ほとんど使われていない。水垢で曇った鏡の前に置かれた石鹸がばりばりにひび割れて乾いている。お風呂の窓から、まばらに苔の生えた光の薄い裏庭が見える。この北側の裏庭に行く為の扉はない。お風呂の小さい窓とその反対にあるトイレの小窓から見えるだけだ。トイレ側に小さな山茶花の木があって、一日のうちにほんのちょっとの間だけ、そこに太陽の光があたる。でも、十分では無いようで、その木は一向に大きくならない。ある冬に本当に小さい赤紫色の花が二つ咲いてるのを、トイレの窓から見た事がある。
 ワンワンと犬の鳴き声が聞こえる。まだ白は生きているんだと思って、玄関で靴を履き、表の庭に出る。白が生きているなら、小さい池の鯉も泳いでいる。そう思って、鯉を見ようと池を覗いた。15センチ位の金色のと黒いのと赤と白の模様のが見えて、その横に赤い金魚も一匹泳いでいた。「ああ、そうだ。この前の夜店ですくった金魚をここに入れたんだ」と思う。ワンワンとまた白が吠える。「普段、ほとんど吠えないのに、どうしたんだろう?」と白の方を見ると、桜の木の下を前足で掘っている。その横に花咲か爺さんじゃなくて、自分のおじいちゃんが白の背を撫でながら「ほれほれ」と白に言っている。「おじいちゃん」と声をかけようとした時、ワンワンと門の外からも白の声が聞こえる。「ああ、白は外に出てしまったんだ。捕まえなきゃ、保健所に連れて行かれる」と門の方に歩きかけた時、「S子、白を捕まえて来てちょうだい」とおばあちゃんが玄関のとこから、私に向って言う。私はS子じゃなくて、その娘のA子なんだけどと思ったけど、おばあちゃんは、一年位前から、ときどきそういうことがあったから、「うん、わかった」と手を振って門の外に出た。
 門の外に出た所で、大きな木の根にけつまづいた。森の中にいた。相変わらず、白い犬が目の前を歩いていく。

(つづく)

0 件のコメント:

コメントを投稿