2014年3月7日金曜日

森の中27

(昨日のつづき)

 チヨたちのお母さんとA子の母親はテキパキと料理を作っていた。子供たちはテーブルを飾ったり、パン生地を丸めたり、焼き上がったクッキーにジャムを塗ったりしていた。A子はチヨたちのお母さんと楽しそうに料理を作っている母をチラッと見た。正直、母親はいつだって人によく見られようとしている。外に出るときは化粧も濃いし、言葉遣いも丁寧すぎるくらい。その反動で、外ではにこにこしてるのに家では文句ばっかり言って怒っている。ちょっとプライドが高いから、根は真面目で優しい人なのに窮屈な感じになる。ずっともっと気楽にやればいいのにと思っていた。それに、これまでの母親だったらお祭りなんて来ないだろうし、万が一、来ても、町のブティックで買った長ったらしい他所行きの黒い服を着て、首飾りや指輪なんかつけて、オシャレするに決まっていた。なのに、今、A子の目に見えている母親は茶色の綿のズボンにトックリのシャツに手編みの白いカーディガンという、おおよそ、ほんの近所に買物にいくような普段着を着て、エプロンを借りて、チヨたちのお母さんと普通に気楽にもう長い間の友達のように楽しそうにやっている。
「ほら、A子、そっちのオーブンのパウンドケーキの焼き色の様子見てちょうだい。もし、焦げそうならアルミホイル被せてね。そうだ、マキさん、こっちのお魚はどうするのかしら」
「あ、S子さん、それフライにするから、3枚に下ろしてくれるかしら。棚の下に魚用の包丁が入っているわ」
「ええ、わかったわ。包丁はこれね。フライにするなら、下味は塩胡椒かしら」
「ううん、それは秘伝のタレがあるから。ねえ、チヨ、裏のからフライのタレ取って来てちょうだい。あ、お肉のお味噌も」
「あら、秘伝のタレなんてあるの?」
「そんなたいそうなもんでも無いんだけどね。ずっと昔から、ちょっとづつ継ぎ足してる生姜醤油があるのよ」
「まあ、なんだか鰻屋みたいね。でも、こんなにたくさんの料理をするのって久しぶりだわ。いつもA子と二人分だからチマチマしてるのよ。この魚全部フライにしたらすごいわね」
「あら、普段はこんなに作らないわよ。でも、うちは家族が多いし、子供もよく食べるから」
「いいわねえ。たくさん料理するのって、ホントに、なんかやってるって気がして、せいせいするわ」
「ふふ、でも面倒なときもあるわよ」
「そりゃ、毎日のことだからね。私なんかもときどきダメでお惣菜とか買っちゃうわ。レストランに娘と二人でけで行くのも気が引けるしねえ」
「あ、そうそう、町みたいなレストランはないんだけど、この村にも食堂があるわよ。お祭りの間は閉まってるんだけど、お昼の定食がすっごく美味しいのよ。ね、一緒に行きましょうよ」
「わあ、ぜひ、行きたいわ。あの、お祭りの後も、ときどき遊びに来ても良いかしら?」
「あら、お祭り終わったら、直ぐに帰っちゃうつもりなの? 何か用があるなら仕方ないけど、うちなんかいつまで居てもらっても構わないのよ。ああ、そうだわ。それよりもいっそ、この村に住みなさいよ。あのね、ここから歩いて5分位のところにね、まだ使える空家があるのよ。そこに住んじゃいなさいよ、ね、そうしなさいよ、S子さん」
「まあ、マキさん、なんて素敵なアイディアなの!!私もこの村に来た時、こんな所に住みたいなって思ったのよ」
そろそろとオーブンのパウンドケーキにアルミを被せていたA子は、この急展開にビックリして思わず振り向いた。
「S子母さんっ、本気なの? あ、熱っ」
「A子ちゃん、大丈夫?火傷しなかった?」
「うん、大丈夫、マキおばさん。ちょっとオーブンの縁を触っちゃっただけだから」
「ダメよ、裏の井戸水でちゃんと冷やしてらっしゃい」
「ホント何やってんのよ。A子ドジねえ。早く行きなさい、あと残っちゃうわよ」
A子は心の中で、いや、母さんがおかしいんじゃないのと思ったが、ちょっと痛かったので「はい」と返事をして井戸に行った。
 
 冷たい井戸水に手を浸しながら、母さんが町に居たときと全然違ってて、それは良いように違ってる気がするけど、でも、引っ越すなんてことを軽々しく言ったりするなんて、本当にらしくない、どういうことかしらとボンヤリしてると、「A子ちゃんどうしたの?」と手に小さい陶器のタレの壷を持ったチヨが隣にしゃがんだ。
「あ、チヨちゃん。うーん、なんだか、母さんが変なの。悪くはないんだけど、いつもと違うの。ちょっと知らない人みたい」
「あら、親でもない知らない人があんなに大きな声で急に叱ったりしないわよ」
「それは、そうなんだけど・・・、うーん」
「どう、変なの?」
「何か無理してないっていうか、明るいっていうか、・・・それに、この村に住もうかしらなんて言うのよ」
「きゃあ、そうなったらステキね。そうだわ、この近くに空家があるの。そこに住みなさいよ。私、近くに同じくらいの年の女の子が居なくってつまらないのよ。A子ちゃんが近くに住んだらきっと楽しいわ」
「その家のことマキおばさんも言ってたわ」
「そう、結構すてきな家よ。まだ掃除すれば住めるし、ちょっと小さいけど二人で住むなら十分だわ」
「・・・でもね、タダって訳じゃないでしょう。きっと、そんなお金うちにはないわ」
「ん? 空家なのよ。前に住んでた人は外国に行ったの。ドコかの国の森を守る仕事をするんだって、もう戻ってこないのよ。それに人が住まないと家って崩れちゃうでしょ。村の人も喜ぶと思うわ。家が崩れるのって悲しいもの」
「そういうものなの? 空家って言っても誰かのものでしょう。勝手に住む訳にはいかないじゃない」
「えーと、ゴメン、A子ちゃんが何を言ってるのか、ちょっとよく分からないんだけど・・・」
A子とチヨは井戸の側にしゃがんだまま、何故か小声でごにょごにょと話をすり合わせた。どうやら、この村には家どころか土地を所有するという考えが存在しないらしい。そのことがやっと分かった頃には、井戸水に浸けっぱなしのA子の手はキンキンに冷えていた。

(つづく)

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