2014年2月6日木曜日

森の中16

(昨日のつづき)

「ごちそうさま」
「まだ何か食べるかい」
「ううん、いまはもういい」
「しかし、あんた、よく迷わずに台所まで来れたね。ふふ、大した鼻だね」
森の家の中は、本当に広いので、大抵の人は迷子になって、どこかに行ってしまう。案内なしに廊下をすいすい歩けるのは森の家の人と手伝い女だけだった。
「トウ、ここでうまれたでしょ。よくみたからしってるよ」
「あ、ああ、あんたはあの眼の良い家の女の子かい」
トウは眼をぱちくりと瞬いた。
 村の女たちは身籠ってもうじきに生まれるという日に森の家にやってきて子供を産む。そして、森の家で落ち三ヶ月程過ごした後に赤子と一緒に自分の家に帰る。だから、赤子たちは目がはっきり見えてないし、すぐに森の家のことは記憶の奥の奥に沈んでいく。でも、チヨやトウの家の女は生まれたときから眼が良い。視力で言うと他の赤子と変わらず、ほとんど見えていないのだけど、何があるとか、どうなっているとか、そういうことが認識できる。他の人に見えてようが見えていなかろうが、チヨやトウの家の女にはよく見えているということだ。

(つづく)

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