2014年1月27日月曜日

森の中9

(金曜日のつづき)

「カゴも一杯になったし、カンとトウの様子でも見てくるわ」
「チヨ、もうザクロ石いっぱいになったのか、早いな」
「うん、また、夜に集会所で飾り付けるときに」
「おう、また、後でね」
チヨは濡れた手足を手拭で軽くふき草履を履くと、何だか変な胸騒ぎを覚えた。チヨは川で手を振る友達の方を振り返りもせずに、土手を駆け上がり足早にカンとトウを追いかけた。しばらく走るとトウが石のように固まって立っているのが見えた。
「トウ、どうした、カンはどこだ」
トウがこちらも見ずに固まったままだったので、
「トウ、大丈夫か」
チヨは、トウの肩をつかみ顔を寄せて、大きな声で言った。トウは目の前のチヨの顔をまじまじと見つめ、やっとチヨに気がついたように泣き出した。
「トウ、もう大丈夫だぞ、カンはどうしたんだ」
とチヨは泣きじゃくるトウに訊ねた。トウは泣きながら河原の方を指差した。チヨはその指差すところを見て、ぎょっとした。真っ黒い塊が小刻みに震えていた。
「トウ、あれ、なんだ。カンはどうした」
「・・・カンニー、あれにたべられた」
「食べられた?どういうことだ?」
「カンニーが、あれはひとだからたすけるっていった。でも、たべられた」
「カンがあれを人だって言ったのか」カンが言うなら、あれは人なのかも知れないと思った。でも、どうしたらいいか。チヨはトウの手を強く握りながら立っていた。
 すると、妙な歌声とともに川の下流の方から小舟が葦の原に近づいてきた。小舟には村の男が3人乗っていた。小舟に乗った男の一人が、土手に立つ二人に手を振ってきた。
「あ、おとうちゃんがいる」
トウが安心した声を出した。チヨはトウを脇に抱えると小舟に向かって一直線に走っていった。
「おとう、カンが、カンがっ」
小舟は葦の原の手前の川岸にゆっくりついた。父親は船から降りながら、のんびりとした調子で言った。
「チヨ、おめぇ、娘なんだから、ええかげん落ち着け」
「お、おとう、カンが、カンが、食われちまった、ひ、人かも知んねえ、く、黒いのに」」
「ばかたれ、ここらの人は人などを食いはせんぞ」
「おとうちゃん、あっこだ」
トウがチヨからずり落ちながら、黒いのを指差した。父親は頭をかきながら、
「ああ、あれか。あれは大丈夫だ。しかし、カンは、やっぱり、まだガキだな」
と言うと、他の男に何か耳打ちをした。チヨとトウは父親が何か分かっている風だったので、すっと安心しトンと地べたに座り込んだ。
「なんじゃ、チヨまで腰が抜けたのか、チヨもまだガキじゃの」
と笑いながら、一抱えもある白い蔓で編んだ三角のカゴを他の男たちと一緒に小舟から取り出した。
「そうじゃ、チヨ、お前、ザクロ石採ったろ、それ、この中入れろや」
チヨは、目の前に置かれたカゴの中にザラザラとザクロ石を入れた。白いカゴに入れたザクロ石は、三角に広がって、とても赤く、燃えているように見えた。
「さすが、コウさんの娘だけあって、良いザクロ石だ」
そう言った他の二人を見上げて「あ、隣のサクさんとジュンさんだったんだ」と思った。

(つづく)

0 件のコメント:

コメントを投稿