2014年1月24日金曜日

森の中8

(昨日のつづき)

カンはトウの指差す方を見た。確かに、見た事のないような、でも、見た事のあるような、黒いものがある。
「なんじゃろう、近くに行かんと分からんな」
カンはそう言いながら、ふと、あれは人間じゃないだろうかと思った。近くに見に行かなくては、そして、助けなくてはと思った。急いで土手を駆け下りようとした時、トウがカンの袖を強くつかんで行かせまいとした。
「チヨネーがいってたよぉ、わからんものには、よってはなんねーって」
「んでも、あれ、人間かもしんねーと思うんだよ、じゃったら、助けねばいかんじゃろ」
「あんなまっくろのひとなどおらん」
「でもの、なんかそんな気がするんじゃよ、なぁ、トウはここで待っとれ、俺だけ行って様子見てくるから」
とトウの頭をポンポンとした。そして、トウが泣いて止めるのを振り払うと、土手を滑るように駆け降りていった。
「カンニー、カンニー、いっちゃいやだー」
「トウー、そこで待っとれー」
トウは土手の上で自分のズボンを強くつかんで堪えながら、じっとカンが黒いものに近寄っていくのを見ていた。
 カンは細く鋭い葦の原をかき分けて、黒いものに近寄りながら、あんまりに黒いな、人かと思ったが違うのか、河童か、ハンザキか、でも、なんだか人に見えるな、と思いながらそろそろとA子に近寄っていった。
「おい、黒いの、大丈夫か、あんた・・・」
カンがA子にそう声をかけた瞬間に、黒いA子はガバッと起き上がりカンにのしかかった。
 その様子を土手の上で見ていたトウには、カンが黒いものに食べられたように見えた。そして、そのまま黒いものは倒れ込み、また、葦の原の間で動かなくなった。
 
 葦の原で黒くなったA子は、黒いままで、お腹も減って、夜通し泣いて、朝方に気を失っていた。どれ位時間が経ったのだろう。気がついたときには日が高く上がって暖かい風が吹いて、雲雀が高く飛んでいた。でも、A子は黒いままでお腹も減っていた。フラフラとそこで意識があるのかないのか、夢か幻覚でも見ているような、もうどうしていいのか、苦しくて、疲れ果てていた。そこにパキパキと葦を踏んで足音が近寄ってくる。A子は本能的に食べようと立ち上がった。それと同時に「おい、黒いの、大丈夫か、あんた・・・」とカンが声をかけたのだ。A子はとっさに強く「ダメだ!これは食べてはダメだ!」と思ったが、黒い身体はカンにのしかかってしまっていた。
 
(つづく)

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