2014年1月15日水曜日

サイカチ


 北からのヒンヤリした風が吹く林沿いの道に、曲がりくねった豆のサヤが落ちていた。
「これはサイカチのサヤじゃないかしら?」
と、S子はそのサヤを拾い上げ、辺りの木々を見上げる。(サイカチ(カワラフジノキ)豆科の落葉高木。幹や枝にはするどい刺の塊がいっぱい付いている)
でも、そんなトゲトゲの木は近くには1本も見当たらず、葉や豆も落ちてしまっているのでどうにも分からない。S子はサヤをコートのポケットにしまい、なんとなく腑に落ちないまま歩き始める。しばらく歩くと、こじんまりとした古い稲荷神社があった。S子はポケットのサヤをつかんで、神社の方へ細い石段を上る。鳥居をくぐると左に小さい屋根のある手水場があった。切った竹の先から澄んだ水がちょろろとねじれながら出ていて、石鉢に溜まった水を揺らしている。
「では、失礼して」
左手で柄杓を取ると水を汲み、右手に持った豆のサヤに水をかける。水は思っていたよりもずっと温かくて、冷えた指先に血が戻ったようだった。
「泡立つかしら」
とサヤを揉んでみると、サヤは手の中でクスクスと笑い声のような音をたてながら泡立った。音につられてモミュモミュと揉み続けていたらキメ細かい泡の卵のようになった。(サイカチのサヤにはサポニンが含まれているので、水をかけて揉むと泡立つ)
「やっぱり、サイカチだった」
すっと柄杓で水を汲み、泡の卵に流しかけた。水を浴びるとヒラリと衣をぬぐように泡がめくれた。S子の手には濡れた赤茶色のサヤが残った。あっ、そのサヤはぶるっと身震いをひとつしパキッと音をたてて2つに開いた。そして、その中には三角の耳と白くてフワフワした尻尾のある顔の尖った小さいものが丸まって7つ入っていた。
「・・・キツネ?」
そう、割れたサヤの中の丸い凹みには、豆じゃなくて、小さい白い狐が並んで7匹収まっていた。
小さい白い狐たちはひょいと首を上げて、ちょっとキョロキョロと辺りを見回し、最後にチラッとS子を見ると、ポポポポと豆が弾けるように跳ね飛んで、神社の参道をぴょんぴょんぴょん、賽銭箱もぴょんと飛び越えて社の扉の隙間から中に入っていった。
「なんだ、サイカチじゃなかったのかぁ」
S子は少しガッカリしたが、手に残ったサヤを社のふちに置き、賽銭箱に5円投げ入れ、鈴を鳴らし手を合わせた。お願いごとはしないでおいた。

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