2014年2月27日木曜日

森の中24

(昨日のつづき)

「だから、他のお祭りもそれぞれ面白いんだけど、明後日の三角の祭りが一番楽しいの」
と三角のカゴの縁をザクロ石で飾りながらチヨは言った。祭りの前の前の夜だ。コウの家の広縁でチヨとカンとA子は三人で祭りのカゴを作っている。トウは小さいのでもう眠っている。
「そうなんだ。でも、他のお祭りもホントに面白そうね。楽しみだわ、いよいよ明日が前夜祭なのね。ああ、うちの母さんちゃんと来るのかしら・・・」
「大丈夫よ。森の家の人が大丈夫って言ったら信用していいよ。だって、森の家の人って魔法使いじゃないかって思うくらい途方もなく物知りなの」
そこにお茶とビスケットを持って、チヨたちの母親がきた。
「あら、楽しそうだね。トウとA子ちゃんのお母さんの分も作ってくれたかい?」
「ええ、後はカンが真ん中の飾りを付ければ出来上がりだわ」
「まあ、キレイだ。カンは手先がホントに器用だこと。これならうんと良い物が入るよ」
カンは褒められて照れくさそうだ。チヨは母親と喋りながら紐のくずとかハサミとかを片付けている。A子は「カゴに何か入るのかしら?」と思ったけど、祭りが来れば分かるから聞かないでおいた。
「そうだ、チヨ、寝る前にA子ちゃんを温泉に連れて行ってあげなさい。3人とも明日の午前中は料理の仕上げを手伝ってちょうだいね」
「あ、そうだったわ。温泉に行かなくっちゃ。カンはやくそれ付けちゃいなよ」

(つづく)

2014年2月26日水曜日

森の中23

(一昨日のつづき)

 次の満月は三角の祭りだ。初めが点の祭りで、その後は線・縦横・三角・円・無の祭りと続いて、また点の祭りに戻る。6年周期の「形」のお祭りだ。それぞれ形に合わせて食べる物や踊りなんかも決まっている。
 点の祭りの時は、食べ物は素材をそのまま食べることになっている。せいぜい肉に火が通っているくらいのもので、お菓子もべっこう飴やお餅といった簡単な物が多く、踊りも1拍子の太鼓に合わせる。かなり原始的な祭りだ。線の祭りになると、食べ物は2つの材料を混ぜて煮たり焼いたりすることになって、お菓子も素朴なクッキーとか御団子とか並び、踊りは2拍子の太鼓になる。縦横になると、肉と野菜が一緒に調理されたりするし、お菓子もパウンドケーキや御団子に餡が入ってたり、踊りにも笛と歌が入ってくる。
そして、今年の三角の祭りは四段階目になるので華やかだ。村中を花やリボンで飾ってあるし、料理もちょっと手の込んだ御馳走だし、お菓子も重ねて焼いたケーキにジャムが挟まっててオマケにクリームも塗ってある、アイスクリームなんかも作ってくれる。踊りも楽器が沢山になるし、そこら中で皆が歌を歌っている。三角の祭りの時が一番カップルが出来るなんて言う大人もいる。
その次の円の祭りの時は本当に豪勢だ。色んな外国の料理が並んで、パレードだってあるし、花火だってあがる。村以外の人も沢山来る。でも、皆が仮面を付けているので誰が誰だか分からない。
最後の無の祭りの時は何もしない、ご飯も食べないし、踊りも音楽もない。だから、子供にとっては退屈だ。でも、大人たちは結構好きらしい。ばあちゃん達は一番好きだと言って、退屈している子供らに昔ばなしをする。

(つづく)

2014年2月24日月曜日

「FACE展2014」 森の中22

 先週の金曜日にFACE展2014損保ジャパンの内覧会と表彰式に行ってきました。
いろんな絵があって面白かったです。3月30日まで新宿の東郷青児美術館で展覧会やってますので、お近くにお寄りの際は見に行ってやってください。ゴッホのひまわりやセザンヌの静物画も見れますよ。宜しくお願いいたします。
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(森の中 2月15日のつづき)

「・・・あの、僕、食べられてはいないと思うんだけど」
とカンは言った。
「おとうちゃんが、ひとがひとなんかたべないって」
とトウも言った。
「そりゃそうだろう。食べられていたらカンはいなくなってるだろうよ」
とコウが言った。A子は食べてしまったと思っていた。
「そうなの?なんか混ざっちゃったから、食べちゃったのかと思ったんだけと・・・」
森の家の人が小さい森の川に指を着けながら、
「どうやら、川の水がカンを気に入って一緒にしてしまったようだね。A子さんは川の水になっていたから、混ざったのはしかたないさ。うまく分かれて良かったよ。」
森の家の人の話によると、A子が食べてはいけないと強く思った事や、カンが黒いA子を人だと思った事が、混ざりながらも二人がそれぞれであったということらしい。
「もしかしたら、二人とも気を失ってしまっていたら、混ざった人が二人できてしまったかもな」
と森の家の人が付け加えて言った。
「A子ちゃんとカンが混ざったのが二人できちゃうの? そうなったら、どうなってたの?」
チヨがビックリして言った。サクとジュンがそれはそれで面白いんじゃないかと笑った。
「まあ、混ざったら混ざった時に考えればいいんだし、混ざってないならそれはそれでいいんだ」
とコウが言った。
チヨはA子とカンをふーんと見比べながら「本当はちょっとだけとか混ざってないの?」とA子の耳元でささやいた。A子はチヨの耳に口を近づけて「実はね、私の右手の甲に在ったホクロが無くなっていてね。それがカンの右手にあるわ」と言った。チヨはカンの手の甲をチラッと見てホクロがあるのを確かめると、A子に「すごい、ホントだね」と小さい声で言った。
「姉ちゃんたちは何をごにょごにょ言ってるんだよ」
とカンが言う。
「内緒よ。でも大した事じゃないわ」
とチヨとA子は二人でクスクス笑った。

(つづく)

2014年2月15日土曜日

森の中21

(昨日のつづき)

 部屋の真ん中の丸い大きな木の板の上には森の模型が置いてあった。
「母に森に入った男の人を捜してきてくてって言われたんです」
とA子は森の家の人に言った。
「うーん、最近はあんた以外の町の人間は森には入ってないようだが・・・。どんな男だい?」
「うーん、私も一度しか会ったことがないんだけど、母の恋人らしいんです。その人が突然居なくなったとかで、よく分かんない占い師に森にいるって言われたとかなんとか」
「それで、あんたが探しに来たのかい」
「ええ、母がとても森には行けそうもないって泣くので」
「ほう、まあ、森があんたを外に出したのだから、その人は森には居ないのだろうよ」
「ええ、私も居ないと思ったんですけど。時間が経ったら母も落ち着くだろうし。それよりも・・・」
そこまで話してA子はじっと森の模型に目を落とした。
「なるほど、つまり、あんたが森に来てみたかったわけだ。しかし、町の人間が急に森に入るのはどうかな」
「ごめんなさい」
「いやいや、怒ってるわけじゃないさ。森も知らない人が急にズカズカ入ってくるとビックリしたんだろうよ。でも、あんたを川に流した事を悪かったと思っているさ。ほら、ここ見てごらん」
森の家の人が模型の川を指差した。A子が流された辺りで、小さい小さい玉がチカチカ光って瞬いていた。その辺りの木々もさあさあと風に揺れている。
「まあ、キレイ・・・これ模型じゃないの?」
「同じ小さい森じゃな。小さい森は大きい森の小さいのじゃよ」
「じゃあ、私が入って来たのも、流れてたのも見てたのね」
「ああ、見てたとも。だから、そこの三人があんたを助けに行っただろう」
「あ、そうだわ。私まだお礼を言ってなかったわ。本当にありがとうございました。カンもホントにありがとう」
「いやいや、どういたしまして。でも、カンは仕掛けにハマっただけだろう」
サクがカンの方を見てからかうように笑った。
「違うわ、黒い私を人だって助けに来てくれたのよ。でも、私、分からなくて食べちゃたんだけど・・・。でも、食べてからもずっと大丈夫だって言ってくれたの。だから、私、差し出されたカゴに大人しく入ったのよ」
A子はサクにちょっとふくれてみせた。それから、カンにもう一度「ありがとう」と言った。カンは照れくさそうに頷いた。

(つづく)

2014年2月14日金曜日

森の中20

(昨日のつづき)

「ああ、今晩も帰ってこない。やっぱり、あの占いはイカサマだったのかしら。ああ、私はどうしたらいいんだろう・・・」
A子の母は娘を森に行かせた事を後悔していた。すると、突然にビービーと玄関のブザーがなった。
「あっ、A子が帰って来たのかしら?」
母は急いで玄関に向かいドアを開けた。そこには手紙をくわえた大きな黒犬がいた。
「ひゃー、なんて大きな犬!!」
母はすくみ上がった。黒犬はその横をとことこすり抜けて玄関の中に入り、上がり框の所にゆっくりと手紙を置いて、小さい声でワンと鳴いた
「ああ、くわばわくわばら。しっしっ、あっちへお行き、あたしなんか食べても美味しくないわよ」
黒犬はちょっとの間不思議そうに母を見ていたが、空気を飲むように口をカプッと動かすとくるっと向きを変えて出て行った。母は急いでドアをぴしゃりと閉めて鍵をかけた。
「あー、怖かったわ。あんな大きな犬に噛まれたら死んじゃうわ。まったく、保健所は何やってるのかしら。で、あの黒犬は何を置いて行ったのかしら」
母はおそるおそる手紙を開いて読みはじめた。その手紙にはA子の文字で「母さんへ、森で男の人は見つからなかったよ。でも、村のお祭りに行くから一週間してから帰ります。心配しないでね。A子より」と書いてある。
「ああ、何よ、呑気に!お祭りに行くですって!あの子は私がこんなに心配してるのに!」
A子が無事でいるのだということを知ってふうと息をはいた。
「あら、何かしら?もう一枚紙が入っているわ」
封筒の中に一枚の招待券が入っていた。招待状には丁寧な文字で「満月の前の日の朝に白い犬をお迎えに行かせます。お母様が満月のお祭りに御出掛け下さることを心から願っております」と書いてある。
「な、私にも来いですって!?」
母はもちろん森に行ったことなどない。
「な、もう、あの子ったら!!分かったわよ、行けば良いんでしょうよ。行って、うんと叱ってやるんだから!!」
母親は開き直ると強い。そして、落ち着きを取り戻した母は「・・・満月のお祭りってことは、夜のお祭りなのよね。でも、森を歩く事に歩く事になるのかしら?犬の背中には流石に乗れないわよね。いったい何を着ていけばいいのかしら?」と考えはじめていた。

(つづく)

2014年2月13日木曜日

森の中19

(8日土曜日のつづき)

 若い芝生が黄緑色の絨毯のような中庭の真ん中に樫の木が生えている。その下にパンや野菜のスープ、卵、果物、コーヒーなどが置かれたテーブルがある。森の家の人を挟んで子供たちが楽しそうに話していた。
「じゃあ、A子さんは森の向こう側から来たのね」
「うん。こっちに村があるのは行商のおじさんから聞いた事があるけど、町の人は普通は森には近づかないから」
「へえ、なんで森に入ったんだい」
「あー、それはね・・・」
「まあ、それは後でゆっくり聞くとして、朝ご飯を食べよう。そら、三人もそこに座って、あなたも一緒に」
三人と手伝い女が席に着くと、皆で簡単なお祈りをしてから、もぐもぐと朝食を食べはじめた。
「このパンもスープもすごく美味しいわ!こんな美味しいもの食べた事ないわ!」
とA子はゴクリとパンを飲み込んで言った。
「そりゃ、おまえさんが随分食べてなかったからだろうよ」
「ううん、違うわ。確かに黒くなってた時はものすごくお腹が減ってたけど、今は普通に減ってるだけよ。そうじゃなくて、町ではこんなに美味しい物はないのよ」
「そうなの?町の人はそんなにいつも不味い物を食べてるの」
「うーん、不味いってほどじゃないけど、こんなに美味しくないわ。村の食べ物もこんなに美味しいの?」
「うん。祭りの日に母さんが作る料理も焼くお菓子は、もっともっと美味しいよ」
「そうだ、お祭りまで居たらいいじゃないの」
「おまつり、おいしいよ」
「ほんとに?これより美味しいの?」
「そりゃ、祭りの日はごちそうを作るからな」
「うわー、食べたいわ!そのお祭りはいつあるの」
「えーと、一週間後かな」
「・・・一週間、そんなに家を空けると母に怒らるわ・・・」
「じゃあ、後で連絡してあげよう」
「え、町に連絡できるの?」
「そりゃ、何とでもできるさ。さあさ、これも遠慮せずに沢山お食べ」
「うん」
皆で美味しくテーブルの食べ物を平らげた。森の家の人がコーヒーを飲み干して、カップをトンとテーブルに置いて言った。
「A子さん部屋で話を聞かせておくれ」

(つづく)

2014年2月12日水曜日

トーベ・ヤンソンの映画

 昨日、渋谷のユーロスペースでトーベ・ヤンソンの「ハル、孤独の島」「トーベ・ヤンソンの世界旅行」を見てきました。10時30分開始で30分前から整理券を配るということで、9時40分位に到着。ちょっと早く着いたと思ったら、結構並んでいて整理番号が52番。劇場のキャパシティーが立ち見も入れると100人ちょっとで、10時過ぎには満員で入場できなくなってました。駅前でコーヒー飲んだりしなくて良かった・・・。
 
 「ハル、孤独の島」は、トーベ・ヤンソンとパートナーのトゥーリッキ・ピエティラと黒猫のプシプシーナが夏に暮していた無人島クルーヴハル島での生活を、トゥーリッキがコニカ8ミリで撮った大量のフィルムを編集して作られています。この映画を見る前は、本とか写真で見て「トーベ・ヤンソン、夏に無人島で生活っていいなあ」とボンヤリと思っていたのですが、そんなボンヤリとした島ではありませんでした。ずっとずっと岩だらけで、波の状態によっては上陸すらままならないハードな島。と言うより大きめの岩礁っていう感じ・・・。ここに夏の間とはいえ28年? こんな四方八方が海しかない岩場に暮すって、しかも、フワフワ踊ったりしてるし、どんなけ肝っ玉が座っているんだろう。そして、二人ともシンプルに働き者です。
 岩場にぶくぶくと海の泡がよせてくるのがニョロニョロに見えたり、ムーミンパパが海の様子を調べたり、漕ぎ出したり、吹っ飛んだりしてる様子や、「嵐」の臨場感溢れる描写とか、そういうトーベの小説の在処を、島の生活のフィルムが語っているような映画でした。
 そして、1991年(77か78歳)の時に身体が思うように働かなくなって島を離れたそうです。「海が怖くなった」それは島に対する裏切りで自分でも信じられないし許せないと語られてたのは、とても印象的でした。
 
 「トーベ・ヤンソンの世界旅行」は、1971年に日本やハワイやアメリカやメキシコを旅行した映像を纏めたもので、当時を振り返る二人のオーディオコメンタリーが楽しいフィルムでした。日本の硫黄温泉の山を「毒ガスを出す山」と言ったり、ラスベガスで「美しいものを見たくても何もない」「しょうがないわよ」とか、メキシコで「フィルムを買うから、貧乏でご飯が水とバナナばかりだった」とか、いろんな物を歩いて見て回っている感じが、とても楽しそうでした。このフィルムでも、トーベ・ヤンソンはフワフワ変な踊り踊ってました。

2014年2月8日土曜日

森の中18

(昨日のつづき)

 森が徐々に明るくなるのと、同じに森の家の中も明るくなる。ハンモックの部屋にも朝日が射して、三人の男とチヨがハンモックの中で眼を覚ました。
「あれ? おとう、トウがいない」
「ああ、ちょっと前に部屋出て行ったぞ。まあ、腹がなっとったから、食べ物でも探しに行ったんだろうよ」
コウは右手で眼の上の額をさすりながら、「おう来た来た」と部屋の入口の方を見た。廊下から手伝い女と一緒にトウが入ってきた。
「あ、みんなおきてるよ」
「トウ! 一人でどっかに行っちゃいけないっていってるでしょう。おとうも気付いたんなら一緒に行かなきゃ!」
「そんなこと言ってもなあ。俺も起きてたわけじゃないし、トウは起きてたしよ、それに家の中じゃないか」
チヨはキッとトウと父を交互に睨んだ。トウは小さい声で「じゃないか」と呟きながら手伝い女の足の陰に隠れた。
「ははは、チヨはしっかり者だなあ」
とサクとジュンが笑ったので、チヨは赤くなってうつむいた。チヨは昨日の出来事で誰か居なくなるんじゃないかと思っていた。皆はまるで平気にしているのに。
 手伝い女がチヨのハンモックの側に来て、耳元で何か囁いて優しくチヨの髪を撫でた。チヨはそれを聞いてパッと顔を上げると、すとんとハンモックから飛び降りると「先に行く」と部屋を走り出て行った。「トウもいく」とトウも一緒に走って行った。
「って、自分が勝手にドコ行くってんだよ」とコウがあきれながら笑い、「元気なこった」とサクとジュンも笑いながらハンモックを降りた。
「朝ご飯の用意が出来てますよ」
手伝い女は三人を朝日が白く広がる中庭に案内した。

(つづく)

2014年2月7日金曜日

森の中17

(昨日のつづき)

「ミルクを一杯くれないかい」と森の家の人が台所に入って来た。「はい」と手伝い女が小さい鍋でミルクを温め直している。
「おはようございます」
「おや、おはよう。トウはもう目が覚めたのかい」
「うん、カンニーはまだおきていないの?」
「ああ、もうじき起きるだろう。後で一緒に起こしに行こう」
「うん」

 森の家の人と手伝い女とトウは、カンとA子の服と靴を持って、池の側の二本の木の根元の二つの土の山のところに来た。そして、イチョウの木の一番低い枝にカンの服を、ネムの木の一番低い枝にA子の服をかけた。靴はそれぞれの根元に置いた。森の家の人は木の幹をコンコンとノックした。「さあ、もういい」と森の家の人も手伝い女もさっさと家に戻ろうとしたが、トウはそっとしゃがんで土の山を小さな手で触った。
「トウ、見ていたら出て来れないよ」と森の家の人に言われて、トウはすとととと振り向いて待っている二人に追いついた。「ちょっと、うごいてたよ」とトウは手伝い女に小さい声で言った。

 三人が去った後、土の山が中から崩れて、ドロだらけのカンとA子が出てきた。二人は池でドロを落として、服を着て、靴を履いた。
「あー、びっくりした」
「ほんと、びっくりしたわね」
二人は顔を見合わせて、ぷっと吹き出して、しばらく笑い続けた。

(つづく)

2014年2月6日木曜日

森の中16

(昨日のつづき)

「ごちそうさま」
「まだ何か食べるかい」
「ううん、いまはもういい」
「しかし、あんた、よく迷わずに台所まで来れたね。ふふ、大した鼻だね」
森の家の中は、本当に広いので、大抵の人は迷子になって、どこかに行ってしまう。案内なしに廊下をすいすい歩けるのは森の家の人と手伝い女だけだった。
「トウ、ここでうまれたでしょ。よくみたからしってるよ」
「あ、ああ、あんたはあの眼の良い家の女の子かい」
トウは眼をぱちくりと瞬いた。
 村の女たちは身籠ってもうじきに生まれるという日に森の家にやってきて子供を産む。そして、森の家で落ち三ヶ月程過ごした後に赤子と一緒に自分の家に帰る。だから、赤子たちは目がはっきり見えてないし、すぐに森の家のことは記憶の奥の奥に沈んでいく。でも、チヨやトウの家の女は生まれたときから眼が良い。視力で言うと他の赤子と変わらず、ほとんど見えていないのだけど、何があるとか、どうなっているとか、そういうことが認識できる。他の人に見えてようが見えていなかろうが、チヨやトウの家の女にはよく見えているということだ。

(つづく)

2014年2月5日水曜日

森の中15

(一昨日のつづき)

 トウがハンモックの中で眼を覚ました。すうすうとかずうずうとかチヨやコウたちの寝息が布越しに聞こえていた。トウはむにゃむにゃともう一度眠りに戻ろうとしたとき、トウの鼻は空気に含まれた甘いミルクの香りを嗅いだ。ぐうとお腹がなった。トウはもぞもぞとハンモックの中で身体を動かした。ハンモックはゆらゆら揺れた。トウは両手で自分を包んでいる布の端を持ち、徐々に端に身体をずらして、くるんと器用にハンモックを一回転させた。その反動でふわっと放り出されるように少しばかり空に浮いたが、トウはしっかりと布の端を持っていたので、ぷらんとハンモックにぶら下がることができた。そして、足をパタパタさせて床を探したが、あとちょっと届いていない。トウは布を握っている手をパッと放した。すっとっと上手く着地した。甘いミルクの香りは廊下の方からしてくるようだ。またお腹がぐうとなった。トウは皆を起こさないようにそっと部屋から出ると、迷路のような廊下をとことこ歩いて行った。
 
 台所では手伝い女がヤギのミルクの入った大きな鍋をゆっくりかき混ぜていた。「よし」と鍋の火を消した時に、ぐうとお腹のなるような音がした。手伝い女は自分のお腹をさすってみたが、どうも自分のお腹じゃないなと首を傾げた。すると、もう一度ぐうとなった。すぐ横のところでトウが手伝い女を見上げていた。
「おや、あんた、もう目が覚めたのかい」
「トウのおなかがなった」
「ははは、ああ、さっき搾ったばっかりだ。いい具合に温まったから、一杯あげようね」
トウは「うん」と頷いて、瓶がたくさん並べてある机の側の小さい足踏み台に行儀よく座った。手伝い女は、カップにミルクを注いで「少し熱いからね」とトウに渡した。トウは両手でカップを持って、こぷこぷとミルクを飲んでいる。手伝い女は、「るるる、ふふふ、ららら」と歌いながら、ミルクを並べた瓶に順に詰めていく。それから、ミルク瓶に栓をして奥の貯蔵部屋へ持って行き、鍋や杓文字を洗って、机を布巾できれいに拭いた。
(つづく)

2014年2月3日月曜日

森の中14

(金曜日のつづき)
 
 コウとサクとジュンは森の家にA子とカンの入ったカゴを運んだ。森の家の人は三人にそのカゴを裏の池に沈めるように言い、三人はそろそろとカゴを沈めた。池の底に沈んだ三角のカゴからぽこぽこぽこぽこ赤い細かい泡がたくさん沸き上がった。
 チヨとトウはカンの服と靴を森の家に持って来た。森の家の人は服と靴を受け取るとそれを手伝い女に洗濯するように渡した。そして、二人を草色のハンモックが10個ほど吊ってあるほの暗い部屋に通した。その内の三つのハンモックが丸い膨らみを持って揺れていた。チヨは小さな声で森の人に尋ねた。
「カンは?」
「カンはもう少し時間がかかるから、寝て待つのが一番だよ」
森の人は優しく言うと、トウを小さい目のハンモックに抱き入れた。チヨはその横のハンモックによじ登った。二人はハンモックに包まると直ぐにすうと寝息を立てて眠り込んだ。

 裏の池では、カゴから沸いた泡が2つの塊になっていた。森の家の人と手伝い女は、その泡をそれぞれバケツの中に柄杓ですくい取った。森の家の人は池の側のイチョウの木の根元の土の山に、手伝い女はその隣のネムの木の根元の土の山に、バケツの中の泡をじょぼじょぼと注いだ。泡はしゅうと土に吸い込まれた。森の家の人は土の山にそっと耳を当てて頷き、手伝い女に少し休むように言った。手伝い女は空になったバケツを手に家の中に戻って行った。
 それから、森の家の人は2つの土の山の周りにいろいろな模様を丁寧に描いて、それにぽっと火をつけた。火のついた模様は模様のまま煙になって空中でふあふあと舞っていた。そのうちに森の方からさあと風がきて、煙の模様は大きくふわぁと広がって消えていった。


(つづく)